ライブスペースのある居酒屋 | 音と料理の店 ら | 大阪東心斎橋

音と料理の店 ら  電話 : 090-3487-1575
〒542-0083 大阪市東心斎橋2-3-13 スターライトビル4階

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  • 2016.06.30 Thursday
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なんかご飯

「おかあさん晩ごはんなあに?」
毎日聞いていた気がする
こんなものを食べたいと自分から言った記憶は、無い
食卓に並べられるのは、決して好きなものばかりではないけれど
どちらかと言うと苦手なものも混じっては居るけれど
それでも好き嫌いがほとんどなかったのは
母が、食事に手を抜かなかったからかもしれない

「今日、何食べたい?」と聞かれると
困ってしまう私が居た
どんなものが出てくるのかそれが、楽しみだったから
遊び帰りの家の外から匂いで解るおかずの日もあるけれど
嬉しくないおかずだと解ってしまっているけれど
それでも晩ごはんが楽しみだったのは
母が自分勝手に料理をしなかったからかもしれない

母の料理に失敗は、無かった
誰もいない時に母は、私を呼んで
「こんなの作ったけれど食べてみて」と
私にだけ食べさせて
「あらあ美味しいじゃない、今度おかずに作ろう」とか
「あら変な味、こんなの駄目ね」と
父も兄も祖母も知らない作戦会議

傘寿を越えた母は、もう料理を作らない
昔食べた味の作り方を聞いても
「忘れたわあ」と平気な顔をする
私が、母の手料理を食べなくなった頃の
母の年齢へと私がなって以来
なぜだか解らないけれど
子供の頃に食べた母の味を再現できるようになった

私の子供が成人し、別の生活をするようになって
そんな私が耳に出来るようになった言葉がある
「おなか減ったー」
「なんかご飯」
「エサちょうだい」
その人の顔を見ながら、おかずを盛る
お客さまに対して時には、苦手なものや
食べられないものを知らなかったり
忘れたりして盛る事もある
だけど次もやっぱり言ってくれる
だから仕入れをしながらくすくす笑う私が居る
仕込みをしながらニヤニヤしている私が居る

今日の「なんかご飯」を思い出しながら


土筆と言う恋心

【糖尿病でお気楽に】は、また後日改めて続きを書かせて頂きます

あの日、私の好きな人が「土筆の話をいっぱいしよう」と言った
そして物語が、始まったのかもしれない

どうして土筆が好きなんだろうと思う
春 芽吹きの頃が過ぎ、緑の風が吹くようになると
見つけていた小さなスギナの流れに沿って土筆が顔を出す
小さい私は、新しいクラスの不安と喜び
土筆の様に芽生えた折れそうな幼い恋心に
それが壊れないように丁寧に土筆を摘む
水の流れるうららかな日差しの土手に
そんな想いを投影していたのだろうか

祖母の喜ぶ顔、母が褒めてくれること
そして誰にも言えない小さな恋心
か弱い茎が折れないように丁寧に摘んで
綺麗に掃除をしてハカマを取る
何も知らない私の芽生えた大切を育てるように
一鉢の素朴な料理へと手掛けてゆく

年を経て沢山の土筆料理を作った
おひたし・碗だね・天麩羅・和え物
下茹での具合で苦みを好みに合わせる
川魚の付け合わせや甘くした梅酢との相性も良い
玉子焼きに入れて口に嬉しい
寸切りにして佃煮も捨てがたい

そんな中で『土筆御飯』は、格別だ
普通の炊き込みご飯のようには、味を濃くしない
土筆と色目の人参と小さく切ったお揚げ
炊き上げて混ぜる前に鼻を寄せると
華やかな春の香りの向こうに
陽光と土手の風の匂いが混じる

『鶏飯』や『山葵飯』のように
丁寧に手を添えているからこそ
そのもの以上にその想いが薫る

壊さぬよう折れぬよう
幼き日の恋のように
今年は、そっと摘んだ土筆を
『土筆御飯』に育ててみようか


糖尿病でお気楽に8『体が沈んじゃうよ1』

このブログは、私的なものであり一般的な疾病や減量のの対策になるものではありません。

そう言えば、退院に際し入手したものに体重計がある

色んなメーカーのカタログを取り寄せ機能や特徴を比較して

ふむふむふうむと眺めやる、いやあなかなかに感心

ただ体重を量るだけではなく色んなものが付いている

例えばメモリー

一日一回の測定を1ヶ月間記憶しているなんて当たり前

使用者5人までを別登録して利用者別に測定の

前後三回を平均して体重の増減を数値と線グラフで

数値と共にプリントアウトしてくれる上に

測定誤差防止のために一日2%以上の変化に対しては

それが継続しない場合にはデーターにしない機能や

設置場所の水平が完全でなくても自動修正してくれる機能

体脂肪率系も肌湿度に応じて測定値を修正してくれる機能

そんなあれやこれやを音声で教えてくれるもの

機械好きにはたまらない機能の付いたものがわんさかある

安い体重計なら¥3000くらいであるものの

その10倍では到底手が出ないようなものを購入

 

仕方が無い、これも病気の為だ機械好きの私が

つい使いたくなるような素敵な体重計さえあれば

暇さえあればついつい体重計に乗ってしまい

より正確なデーターが集められるというものなのだ

血糖値を測り体重と体脂肪率のデーターを取り

月に何度かの病院での検査

人によっては「検査検査で嫌になる」と言うところだが

私にとっては「検査検査でタノシー」の毎日でもある

持病持ちにとってこんな模範的な者は、少ない

だって楽しいんだもん

 

さてさて夏である

体重も15kgを減らしたところで一つの問題にあたってしまった

特に専門的な運動をしていない者の中で当時私の体は

40代後半としては、かなり筋肉量の多い体で

体脂肪率が6%を割ったのである

目標の減量までには、あと5kg

医師との相談

担当医は、糖尿病の専門医である

答えは、歴然としていた

「頑丈な体の為にはそれでも良いかも知れませんが膵臓への負担を減らすためには、目標体重まで落として下さい」

専門家と言うものは、自分の目的に向かって邁進する

他人の都合なんて関係無いのである

その潔さが気に入っている私としては

無理だとか出来ないとか言って白旗を上げたくはない

決して負けず嫌いで言っているわけではないのだ

どうしたらよいでしょうか、んて聞いて

負けた気分になるのが嫌なわけではない

「わかりました」とだけ答えて潔くその場を去ったのは

決して負けず嫌いで言っているわけではないのだからね

 

さて問題は、どうやって筋肉量を減らしてゆくかである

数年前にアキレス腱を切ってからは、まともな運動すらしていない

その状態で残っている筋肉は、私の通常の生活で

何の苦労もなしに維持しているものである

という事は、何かをしなければ筋肉が落ちない

少し専門的になるが筋肉には、瞬発力を必要とする速筋と

持久力を必要とする遅筋があって

速筋は、酸素と糖をため込んで一気に使える重たい筋肉

遅筋は、継続的に糖と酸素を燃焼させて長時間の運動ができる軽い筋肉

サッカーや野球選手の速筋の多い筋肉質な体と

マラソン選手のような遅筋の多いスリムな体と言えば分かりやすい

 

方向性は、決まった

マラソンをすれば良い

良いのだが問題がある

私は、若いころに運動で膝の関節を痛めている(完治しているが)

中高年のマラソンは、運動中の事故やトラブルなどにも巻き込まれやすい

そうだ、慣れないマラソンなどをしてはきっと良い事など無い(訳はない)

決してしんど過ぎるとか、面倒臭いとかそんなことではない(そうか?)

大人の判断として決して嫌がっているわけではなく

無念の思いでマラソンを諦めるのだ(はいはい)

 

ならば、瞬発力を必要としない運動で遅筋の多い体をどうやって作るか

世間にはウオーキングなるものがあると聞くが

私は普段でも15kmくらいの移動なら時間があれば歩いてしまう

いまさらにウオーキングと言わなくても時速7kmくらいで

2時間くらいは、日常的に歩いていたりするのである

色々と考えつつインターネットで色んなスポーツ選手の体型を見てみる

体型的に良いのは、やはりマラソン選手

他にクロスカントリー…これは、大阪に居てできるわけがない

そんなときたまたま見ていた水泳選手の中にエライ細い一群が居る

『遠泳!』

そうか、これだな

 


糖尿病でお気楽に7『体が沈んじゃうよ…のはずが』

このブログは、私的なものであり一般的な疾病や減量のの対策になるものではありません。

さてもである

楽しい…もとい辛い減量生活も半年を過ぎる頃には

10kg以上の体重減となり体型が変わってくる

安楽な…もとい働きたくても働けぬ体(前ブログ参照)も

もうそろそろ誤魔化しがきかず仕方なしに一線でフル稼働

この頃には、ちょいと実験的に摂取カロリーと消費カロリーの

調整で大体の血糖値を上げたり下げたり(真似しないでね)

その時は、糖の吸収を抑える薬をやめて(絶対に真似しないでね)

日常生活で自分の調整ができるように工夫を始めた

 

薬を飲んでいると何度か血糖値が50や60になった事もあって

それ以下になると低血糖で突然に動けなくなる

血糖は、いわば体のガソリン

低血糖状態になれば瞬時にぶどう糖などで血糖値を上げねば

発見が遅れれば静かにお陀仏、昇天してしまう

血糖値を下げる薬やインシュリンの投与は、ホルモンの分泌のように

細かな調整を自動的にしてはくれないので

一旦血糖値が下がり始めると止めどなく下がり続けて

そんなことにもなってしまう

 

なにはともあれ釣りである

以前にアキレス腱を切って療養していた時も友人の車で

ギプス・松葉杖・デッキチェアーの3点セットで釣りによく行った

今回も多く取れる休みは、当然健康維持と何より病状回復の為に

本当に頑張って仕方なしにせっせと釣りには通っていたのである

ただ、沖に出て何時間も一人で居る時に低血糖になったら

夕方に迎えの船が来た時に低血糖で動けないまま成仏していたら

危険である実に危険である

命もさることながら葬儀の場で「クスクスあの人ね…」と

ひそひそをされる声が聞こえるのである

 

本来なら血糖値を80〜120に安定させておくのが理想なのだが

釣りに没頭している間に血糖値測定なんかしている暇はない

釣りに没頭している間に血糖値測定なんか思い出すわけはない

よおし実験だ(あくまでも真似しないように)

釣りで一回に消費するカロリーを2700kcalと設定して

釣りを始める前5時間くらいから消化吸収の良いサプリメント系食品や

果物を2時間おきに分割摂取して次の食事前に血糖値を測る

釣り開始直前で130くらい

実験一回目、釣り場で開始前128、2回目114、3回目109…121

タイマーを2時間おきにセットしてピピピとなるたびに

ごそごそ何やら怪しげな動きをする私に初めて一緒になる人が聞く

「何をしてはるんですか?」

「いえ、血糖値を測っているんです」

「大変ですねえ」

あれやこれやと説明するのも面倒くさいので「ええ」と答えて続行

 

実験を合計3回繰り返してデーターを取り(3回釣りに行ったのね)

次回の検診の時に医師に見せて「こんなんしていますけど」と相談

返事はもちろん「薬は、処方通り飲んで下さい」「責任は、取れませんよ」

と言いつつデーターを眺め質問を始めた

実験の方法・摂取した食品の内容・測定時間の誤差・翌日の血糖値など

 

「ふうん」医師は、つぶやきそして言葉を続けた

そして最近のヘモグロビン値の推移を見ながら

「薬を一つ減らしましょう」と

そして待っていた言葉

「患者さんの日常生活までは、医師が管理できないので御自身で」

「あくまでも指導した食生活と薬の服用をお願いしますね」

「それと良かったらあと一度か二度データーを取ってきてもらえませんか?」

最後の言葉は、想定していなかった

日常生活の食事療法はお好きにの内諾(と勝手に思っているが)と

薬が減った事の見返りに、終わりと思っていた実験を追加された事を

承諾して退出

 

ああ大変である

私は、何物にも代えて自分の仕事に没頭したいのである

しかし自分の健康もさることながら医師に依頼されてまでの

データは、早急に取らねばならぬだろう(ああ辛い♪)

私は、病院を出るや否やクライアントと連絡を取り

医療データーの収集の為(不本意であるけれども♪)

現場施工の無い明後日には、休みを取らねばならない由を説明し

三重は、答志島の優漁丸に「明後日行くから〜」と電話したのである

 

ん〜、あれ?

今回のお題「体が沈んじゃうよ」は、どこに行ったんだ?

 

次回必ず…必ず?…ず?…でんでん


糖尿病でお気楽に6『辛すぎて楽し過ぎて』

 

このブログは、私的なものであり一般的な疾病や減量のの対策になるものではありません。

病気は、病気になった人の持ち物で他人とは共有しない

自分でできる範囲は、自分でやるのが当然なのだが

せっかく病気になったのだから、ちょいと好きな事をさせてもらう

小学生が、風邪で寝込んで母親に甘えるようなもの

そんな輩も中には居る…あ、私だ

 

糖尿病は、治癒の無い病気

いかに長く進行させないで暮らしてゆくかは

不健康にならないぎりぎりの体重で代謝を抑え

カロリーの少ない食生活で膵臓に負担をかけないこと

ただ他人様は、そんな事を詳しくは聞いてはくれない

聞いてくれないという事は、嘘でさえなければ

ある程度無茶を言っても世間に通じてしまう

 

「エライ糖尿病になってしまって入院してたんだよお」

これは、本当

実際昨今では、血糖値が140を超えれば糖尿病と言われるのに

530なんて血糖値でカロリーをほとんど切った入院生活で

通常の血糖値に戻るのに10日以上もかかっていれば

わりあい大ごとである

これで血糖値が下がらなければインシュリン生活

放置していれば末梢神経の麻痺や眼底出血からの失明

腎不全からの人工透析生活を送ることになる

幸いにして膵臓のインシュリン分泌能力が、わずかでも

残ってくれていたお陰でカロリーコントロールと減量

糖の吸収を抑える薬と血糖値を抑える薬を服用することで

日常生活に戻る事が出来たのだが

当面は、体をその生活に合うようにしていくことに集中しなければならない

 

担当医の退院後生活に関しての注意事項は、遵守して

それにも増してできうる限りの事をして医師の

望む以上の効果を上げるつもりである事は、前にも書いた

ただ世間様には、全部医者が言ったからと言ってしまった方が

通りが良いので、ちょいと言葉を借りて

「お医者さんが言ってたんだも―ん」で何でも押し切っちゃうのである

悪いことではない(自分にとって)

ありていにいえば、とっとと痩せてバランスのとれた低カロリー生活をしろと

それだけのことなのだが、普段の生活で一般の人には

ナニをどうすれば良いのか見当がつかない

だから医師は、指示カロリーの他に色々と付け加えるのである

できることなら…

朝昼晩と決まった時間に一日の指示カロリーを3/1ずつ摂って

夜は安定した睡眠を摂り、イライラしたり興奮し過ぎず

高血糖で抵抗力の落ちた体に怪我などをしないようにと

 

当時の私の仕事のメインは、特殊機械の施工現場管理・指導

出張が多く時間帯も24時間いつになるか分からない

細かい計算も多ければ、作業従事者の怪我や事故にも

細心の注意を払わなければならない

実際に休みであっても別現場で事故があれば

休日返上で現場に向かう羽目になることも少なくないのだが

私は、病気なのである

無茶をせず医師の言った事を順守しなければならないのである

仕方が無い、仕事にすべてを捧げている私ではあるが

不本意ながらまずは、医師の言うことに従った生活をするのだ

 

現場を管理する側であるから工事の指導をして

作業計画を立てればチェックをしていれば良い立場であっても

一緒に作業をして見本を見せ特に重い機材の搬入などは

作業員と一緒に汗を流すことで現場の士気も上がるのだが

私は、病気なのだから無茶はできない

荷物の積み下ろしを煙草を吸いながら11歩ほど下がって

手伝いたいのは山々だけれども見ているのである

 

特殊機械の施工と言うのは、意図しない問題が出る

部品が、現場に合わなければ個別に作らなければならないのだが

大抵の物は、その場で自分で作っていた

ただ私は、病気で(クドイよ)指先に怪我なんかしちゃあイケナイ

クライアント本社の開発を呼んで作らせ、私は

2歩下がって見ているのである

 

現場と言うものは、作業の進行具合によっては食事時間を

大幅に変えてしまわないといけない場面も多々にある

ああ辛い、私は皆と一緒に食事をしたいのだが

薬を飲む時間にきちんと食事をしなければならない

後ろ髪をひかれる思いで一人ゆっくりと食事に向かうのである

 

徹夜の工事も勿論多い

睡眠時間をきちんととらないとイケナイ私は不本意であるけれども

皆が一緒受けイン名働いてくれている現場から111歩下がって

車で朝7時までグースカ寝なければならないのである

 

何より大切なのは、休日である

ストレスをためず健康な心身の心の治療である

ゆっくりと自然の中で心を安らげるために海へと向かう

心の治療の為に海底に届けている釣り糸を見つめている

そんな最中に仕事の電話で心を乱されてはイケナイのである

「一切電話をしてこないように」申し渡し

クライアントから現場の安全確認者を出させるのも

仕方がない

 

構造計算や寸歩の割り出しなどの細かい作業計算を

クライアントに丸投げするのも本当に辛い

 

ああ辛い、こんな自由で好き勝手できる事が辛い

私は、皆と一緒に悩み汗を流し働きたいのだ

日々の治療でだらけてゆく脳と体に

ほくそ笑み…いや…もとい悩みながら

「半年くらいは、こんなことやっとこうかなぁ」などと

不埒な治療者は、五か月で12キロの減量に

へこんだお腹をさすりながら次の休日に思いを馳せるのである

 

次回「体が沈んじゃうよ」


糖尿病でお気楽に5『かなり暴言、減量メニュー』

このブログは、私的なものであり一般的な疾病や減量のの対策になるものではありません。

大体においてダイエットは、体に悪い

人間は、喰うようにできていて

眠るようにできていて

セックスするようにできている

 

好きなものを好きなだけ喰って健康でとっととおっ死ねば良い

長生きするのも良いとは限らない

100歳まで生きれば幸せでも200歳までならどうかなんて

分かりは、しないのである

 

体に良いメニューは、自分の育った環境の流通と食品加工が

あまり発達していない時代の食事を基に取っていれば良い

歴史的に地産の物を上手に摂って元気な集団が

部族間抗争で生き残ってきたし不健康な者は、淘汰される

人間の体も世界中共通ではなく環境適応でそれぞれの土地に

合った食物に対応してきていたのだ

かつてのエスキモーは、ビタミンでさえアザラシの生肉と血から

補っていたし環太平洋地域では芋を主食にしていたところが多い

沿岸部では塩分の多い食物を摂り、内陸高地では岩塩で塩分を

補給しなければならない地域もあった

食物環境が違っても10世代20世代と過ごしてゆくうちに

その環境に適した者が生き残ってくるのだから

世界共通の体に良い食事メニューも甚だ怪しい

病気になったのならそれから体に悪いものを外せば良いのだが

 

ここに一つ問題点がある

現代に文明社会で生きていれば、よほど生活に余裕のない限り

世界中の物を知っても知らずでも食べるしかない

合成の調味料や保存料その他も摂らないわけにはいかない

なので、そんな食生活を逆手に取ってやれば良いんだ

まずは、基本の食生活を原初に近いものに戻す

)間食をしない

)糖分の入ったものを飲まない

)糖分は、果物から取る

)加工していないものを買って調理する

これだけやれば充分なのだ

))は、カロリー計算が容易で

後は、外食のカロリーを把握すればよい

なりたい体重の必要なカロリーを摂っていれば

勝手に痩せる

))が無理なら加工品バリバリの0kcalスナックやドリンクを摂れば良い

)が無理なら化学処理バリバリの0kcal甘味料を使えばよい

それで栄養素が足りなければ合成品バリバリのビタミンミネラルサプリを摂れば良い

 

減量の話である減塩やその他も同じような考え方で良いのだが割愛させていただくとして

海藻・キノコ・コンニャクは、気にしなくてもカロリーは無い

キャベツと小松菜は、体に万能野菜

いちいちカロリー計算は、面倒臭いので1キロ当たりのカロリーだけ把握して

食べた分を足し算して1キロになったらチェックする

調味料も同じ、それぞれに記載されているカロリーを一本使い切ったら

そのカロリーを摂取したと理解すればよい

 

脂の無いフィレ肉に脂っ気みたいなものが欲しければ

片栗粉をつけて湯通しすれば良い

ネギトロが食べたければ白身魚にマグロの赤身を1/3混ぜて叩けば良い

いちいちレシピは書かないが、美味いものなんていくらでも食える

ダイエット料理の三種の神器は、電子レンジとフードプロセッサーとこびりつかないフライパン

例えば簡単酢豚

粗く刻んだ脂の無い赤身肉を片栗粉と混ぜて溶いた小麦粉で包んで焼く

(粉のカロリーは、当然計算・脂を使わないで焼く)

玉葱・人参も焼き好きならブロッコリーなんかも入れる

市販のローカロリーポン酢とノーカロリー甘味料で味を調え

調剤薬局なんかで売っているどんな液体でもゼリーにしてしまう粉末

(商品名ハイトロミールなど)でとろみをつけて全部混ぜて出来上がり

一人前で150kcal以下

 

シメジ・シイタケ・まいたけ・エリンギ・えのきをフライパンで

焼く、ひたすら焼く、塩も胡椒もしない

葱と大根おろしと醤油で喰う

滅茶苦茶美味い、肉より腹が膨れる

熱々の焼きキノコにコンニャクの刺身

いくら喰っても50kcalに満たない

 

焼き飯の具に玉葱・人参・椎茸・コンニャク・めかぶか生昆布のみじん切りを

炒めたものを、ご飯1に具2で混ぜて粉末かつおだしを多いめに

醤油とオイスターソースを香り付けに少し

ご飯が全体の1/4までは違和感なく焼き飯になる

これでも150kcal

 

注意しておくことがある

ダイエットは、体に悪い

栄養素が足りないのだから当然である

痩せなければならない体が欲している栄養を減らすのだから

当然不健康な話である

必須のミネラルやビタミンは、必ず補わなければならない

 

んでもって空腹は、ダイエットに良くない

体が、無駄なエネルギーまで吸収しようとする

危機を感じた体が、栄養を蓄えようと新陳代謝を落として

体に栄養をため込もうとし始める

分かりやすく言えば熊の冬眠だ

胃なんて小さくしようと思えば一か月もかからないのだから

カロリーは、抑えどもお腹は減らないようにして

体をだましてやるのがコツなのだ

 

そしてもう一つ

ダイエットは、健康に関係なく毎日のカロリーの総摂取量で決まる

と言う事は…

一日に取ると決めたカロリーが1500kcalならば

夜までにコンニャクとキノコだけを食って50kcalしか摂っていなければ

一日の最後にラーメンライス合計1400kcalを喰おうが

焼肉2皿とビール一本飲もうが構わない

 

退院後3カ月で9キログラムの減量

次回は、病気を理由に好き勝手するの巻()


糖尿病でお気楽に4『減量被害妄想哀歌』

このブログは、私的なものであり一般的な疾病や減量のの対策になるものではありません。

糖尿病での日常の食生活を教える言葉に『残す勇気』と言うのが必ず出てくる

出てきたものでも自分が盛りつけたものでも一旦食卓に並んだものを

残すのは、実に勇気のいる事

お皿に盛られたものは、茶碗に盛られたご飯は、例え飾りの葉っぱ一枚であっても

それが食べられるものである限りは、決して残さない

そう躾けられて育った者にとって自分の隣であれやこれやを皿に残したり

よそってもらったご飯を残したままでいる人を見るとココロの中で

「ふうん躾がなっていないんだなあ」とカワイソウに思ったり

「なんてモッタイナイ事をするんだ」と小さな怒りを覚えたり

「ははぁん、余りレベルが高くないのね」と

これまた小さな優越感を感じたりするものなのだが

いわんや自分は、糖尿病なのである

 

糖尿病日常型自己熱量及び血糖値調整管理生活(なげえなあ)において

外食などで出てきたものが自分の思惑と外れ意外な大盛りや

思いのほか高いかローリーの料理であった場合は、残さなければならない

減量において最も大切なことは、食べすぎたら後で減らすではなく

【常に控え目に摂取して足りなければ後で補う】なのだ

「残せばイイじゃん」と思われる方もいらっしゃるだろうことは想像に難くないが

これが実に難しい

衆目の中で自分に盛りつけられた食品のあれやこれやを残す事は

何か自分の大切な自尊心をかなぐり捨てなければならないことに等しい

あまつさえ今まで自分が食べ残す人に思ってきた事だ

きっと自分のした行為も同じように多くの人から思われてしまうに違いない

 

「ほおら、あのヒト残しちゃったわよおオゲヒンねー」

「ああ、きっと不幸な家庭環境だったのねえ」

「食べモノの命を粗末にするココロナイ人なんだぜきっと」

自分の前に残った一口の白いご飯

こそげおとしたソースに汚れた皿

中身だけを食べて残った揚げ物のころも

デザートについてきたゼリーやアイスクリームには手さえつけていない

そんなものを前に顔も上げられず残ったものを見つめる私の耳に

声無き声が聞こえてくるのである

中には、その声無き声に打ち負けて自分のココロを満たすべく

何食わぬ顔ですべてを食べつくし自分の病気に侵された体をも捧げて

『キレイに食事をさせてもらう』美学に落ちてゆく者もいる

しかし私は、負けるわけにはいかない

 

糖尿病日常型自己熱量及び血糖値調整管理生活(クドイよ)を完追する

そう決めたからには、やり遂げねばならない

「糖尿病担当医なんかが言うよりガッツリ自己管理しちゃうもんねー」と決めた

小学生以下の自尊心が、私に集まる食べ残しの非難の目に立ち向かわせるのだ

 

「ち、違うんだぁっ!オレは糖尿病で、正しい自己管理の為に残したんだぁ!」

「オレは、誰よりも食べ物の大切さを知っているんだああぁぁあ」

大声で自己弁護しそうになる自分に妄想の声が聞こえてくる

「やあねえ、ダイエットしないといけない体でこんな店に来るなんて、なんて身の程知らずなんでしょう」

「クスクス、食べちゃあイケナイのに欲望に負けてレストランのドアを開けてしまったのよアノヒト」

ヤアネエ・クスクス・ホラホラ・クスクス…

目の端に浮かぶ涙を見られないようにそっと支払いを済ませ店の外に出た私は

涙にくれる自分を振りきるために走りながら叫ぶのである

「膵臓の馬鹿あ、インシュリンどこ行っちゃったんだよおー」

 

とまあ、楽しい外食生活混じりにスタートした糖尿病と楽しく過ごす毎日

退院後一箇月で6キログラムの減量

次回は、具体的な食事メニューでも妄想混じりで書きましょうかね


糖尿病でお気楽に3『ヒネクレ者の減量大作戦』

このブログは、私的なものであり一般的な疾病や減量のの対策になるものではありません。

とまあ目出度く退院となった訳ですが
入院時に血糖値が530を超えていた私に担当医の指示は、厳しく
まあ、それでなくても同程度以上の数値で入院していた同病の輩の
合併症などを見れば、治癒と言う選択肢の無いこの病気に向かう
方向性は、ひとつしか残っていないのでありますな

解り易く言えば「痩せろ」と言われた訳で
当時90kgあった体重を68.5kgにまで
「まあ、1年ちょっとかけてゆっくり落としてゆきましょう」と
「そのための一日の指示カロリーは、1800kcalです」と
そしてあれやこれやと
件の担当医殿は、申されるのです
模範入院患者(院外毎日脱出は、別にして)であった私は
ただひたすらに御意御意と宜いそして天邪鬼が代名詞の私は
ココロの中で「そんなこと知ってるもーん」
「言われた通りなんてじぇったいにしてやらないもんねー」などと
小学生以下のお粗末な決意を胸に病院を後にしたのである

 

退院さえすれば、こっちのものである何をしても文句を言われる事はない

文句を言われないからと言って病気そっちのけで好き勝手な生活を

すると言うのではない

好き勝手に医者の指示以上に減量と血糖値のコントロールをしてやるのだ

医者が治療の専門家であるならこっちは、食い物の専門家だ

「まけないもーん」小学生以下の安物のプライドがピクピク動く

現に病院で紹介された管理栄養士に減塩メニューとローカロリー食の

メニューの提案を求められているではないか

「謝礼は?」と聞かれ「いやお世話になったのだから最初は、良いですよ」

と返事をしたのも決してその管理栄養士が人懐っこくて割合に可愛い顔をした

妙齢の女性であったからなどと言う事は、決して無いのである

 

まずは、入院で鈍った体を減量に向くように代謝を上げてゆく必要がある

病院でも毎日ストレッチくらいはしていたが、あの生活では基本的に

体は、どうしても怠けた状態になってしまう

やりたくない運動をする趣味は、持ち合わせてはいないが仕方ない

退院後の一ヶ月間の休みを使って一週間に10時間の水泳を始める

体の脂肪が燃焼し始めさえすれば、こんなものはやめちゃうのだ

 

そして一日の指示カロリー1800kcalではなく2500kcal

バランスのとれた食事に含まれる栄養素の算出

一日に摂取するカロリーは、1500kcalに設定

一日で摂った食事で不足した栄養素の補給を食品サプリメントで補う

必要なミネラルやビタミンは、体に作用する時にエネルギーも消費してくれるのだ

それと共に毎日スーパーやコンビニに行って出来合いの弁当や総菜

お菓子やレトルトもののカロリーを確認

仕事を再開すれば、いちいち自分で三食作っているわけにはいかない

これは、面白かった

最初は、大体くらいの目検討で裏の表示を見て外れることも多かったが

慣れてくると総菜パンの上にちょっと乗ったチーズや弁当のソースの具合で

変わってくるカロリーの違いまで当てられるようになってきた

 

退院後家に居て自分で食事を作ってさえおけば、いくらお腹いっぱいの

食事をしてもいくらでもカロリーを抑えたメニューを作れるのだが

仕事を再開すれば市販の物や外食もしないわけにはいかなくなるし

立場上の付き合いも断るわけにはいかない

そのためには、不本意ながら“あまり食べなくてもよい“小さい胃を

作らなければならない

(夜の接待の為にその日一日何も食べずに我慢するなんて事は、したくないのだ)

退院後一週間目くらいからは、水分の補給を多めにして

摂取する食事量を減らして胃を小さくしてゆく

 

日常生活【血糖値なんか自分で制御しちゃうもんねー】作戦の始まりである

 


糖尿病でお気楽に2

とまあ、6年前のお気楽日記の続きで御座います

病気?ビョーキ?20061129() 911
このまま順調に行けば十二月の初旬には退院である。
待ってくれる人、待ち構えて居やがる奴ら
ずっと入って居れば良いものをと悪態をつく野郎
ふうんと所在なげに答える御人(本心は何なんだ!?)
色々ではあるが、私としては矢張り随分と嬉しい。
そんな中、退院後の療養についてのレクチャーを受けた。
しっかりとメモを取り、こちらからも積極的に質問をして内容のある良い時間であった。

さて、今夜は半月である。半月と言うのは小潮であって
余り潮が動かず魚の活性も落ちて釣りには不向きに思えるが
どっこい世の中は上手く出来ていてそんな時こそ
釣れる釣場とポイントと釣り方があるのだ。
ここ最近の水温の下がり具合と状況からから
「あそこの釣場ならこう言う攻め方が出来るな」
「こんなアプローチをすればあそこでもチャンスはあるかもしれない」と
今日のレクチャーを思い出しつつ想う私なのである。

余後の療養に於て大切なのは矢張り食生活で、白身魚は当然ながら肉よりは良いと

白身魚なら比較的しっかりと食べられると、鮮度の良いものを選ぶのがコツだと

先生がおっしゃるのである。

白身魚と言えば当然誰が考えてもチヌである事は他人の言を待つまでもない。

先生が食品の例をチヌでは無く鯵にしたのは

チヌでは当たり前過ぎて参考にならないから「こんな魚もありますよ〜」

と言う真意がある事くらいは私でも判る簡単な事なのである。

加えて、新鮮と言えば釣りたてを意味する事に他ならないと考える

これを読んで下さっている皆様の意見に私も異を唱えはしない。

良い空気と気分転換、白身魚の代表チヌで釣りたて

そして適度な運動を退院後は習慣付けて下さいと言われた限りは仕方がない。

病気と向き合い健康な体を手に入れる為に頑張ってチヌを釣りに行かねばならないのである。

私は病気を克服する為に一生懸命にチヌを釣りに行くのだあぁっ。
今夜は半月である。あそこの釣場なら病気は克服してもビョーキは治らないってか?

スルコト20061130() 1238

入院生活も日を追うにつれ変化の無い毎日にやる事が無くなってこない
最初こそはゆっくりと本でも読めるぞと

未だ読んでなかった本も数冊持ち込んでいたのだが

空いている時間に仕事の経費計算や作業の控えを取り

入院のメモにと各検査のデーター・行動・食事のレシピと写真を撮って

ノートを付け、所属する釣りクラブの大会用のイラストを描き始め

病気の為の本とにらめっこしつつノートを取り

嗚呼やっと時間が空いたとブログなんぞを携帯で書いたり

後は午前に一時間余のウォーキングと午後に軽いジョギングとストレッチ。

何だか妙に忙しいのである。

と、昨日から私の入院しているフロアー担当の栄養士さんに

参考になるから聞かせて欲しいと頼まれた料理のメモを書き始め

お見舞いに来てくれた人との時間は有難く大切にしたいし

用事を思い出しては電話をしに外に出る。
追い討ちをかけるように昨日、見舞いに来てくれた友人は

「暇だろうから」と本を買って来てくれた。「忙しいのにもう」と

悪態をつきながら有難く頂いて就寝前にパラリと見れば

面白い、う〜ん困るぢゃぁないか。

本日は六回の採血と神経生理の検査がある。
何か予定を削らなければ時間が足りない。
ん、見舞いも二組ほど来るって言ってなかったっけ?
うわあ大変だあ

ピコピコぴーん20061201() 900

何を隠そう、隠す必要など無いので申し上げれば【神経生理】の測定器なのである。

神経生理の測定器とは一体ナニをするモノかと言うと

神経の生理的な反応を測定する機械なのだ。

と言っても解らないには違いないはずなので更に説明をすると

手足がシビレたりだとか動かないなんて時に

それぞれの先端までの神経がちゃんと機能しているか

反応しているかを測定する機械なのである。

 

実際にどうやるかと言えば、指先に電極を貼り付けて

最初は手首辺りにもう一方の電極を当てて電気を一定間隔で流す。

神経が正常に働いていれば電極と電極の間の

神経が反応して当てられたところに電気を感じ

更に電圧を上げていくと反応した手なり指なりがビッビッと動くのだ。

感じとしては低周波治療機をイメージして貰えれば良いのだが

それよりかはちょいと痛い。

次に手首に当てた電極を肘の辺りに移動して

またビッビッと電気を送ってから手首から肘までの長さを測ると

神経が反応するかだけでなく神経の伝達速度も判ってしまう仕組みなのだ。

そうやって電極の位置を別の指に変えて測定し

次は足にと言う具合に検査を進めて行くのだが

手がビクビク動くのと違って足が意識もしないのに

ガクッガクッと勝手に動くのは裸足の足から伸びる配線を見れば

なおさらに「ああぁ操られてるう」的な感覚なのである。

 

勿論こんな感じは初めてなのだけれども

何だかこんなイメージを知っている気がして

操られている足をグアッグアッと動かしながら(動かされながら)
思い出して見れば

嗚呼、思い出した。

牛だ、畜産の人工受精で牛の精子を採取する時に

牛の下半身に電極を当てて、その気が無い牛から精液を絞り出すあれだ。

電極に繋がれた牛は雄としての威信を見せる事も無く

不本意に採取される刹那、「んむおー」と哭くのである。

んむうおおぉォ

なんだかんだ20061202() 919

何をか言わんやである。

私が、ああ言えばこう言う奴なのは私の知人は

皆知っているのだが知らない人は勿論知らない訳で

いきなりその洗礼を受けると余りの理屈っぽさに

二の句が告げ無くなって訳の解らない内に

話が終わってしまうなんてことがよく有るのだが

持論を繰り広げ倒し、自説を押し通し喋り続ける余り

本当に自分が聞きたかった事を聞くのも忘れ

自分の掘った穴にズッポリとハマり込んで何も得られないままに

「またやってしまったぜい」と苦笑いをするのが

いつものパターンみたいになっているのである。

今日は病院専属の栄養士さんによる栄養指導の日だったのだが

先日紹介して貰い、求めた本を元に自分で調べ

書きとめたノートと勝手にやった勉強の内容確認をしてもらうだけになってしまい

それでも性格の優しい若い栄養士さんは嫌な顔ひとつせず

私の調べた内容をちゃんとチェックしてくれたのである。
それで終わればまあ失礼ながらも世間にもある話なのだが

事もあろうに栄養士さんに自分が入院中に書いて置いた

調理のポイントと料理のレシピを押し付ける始末。

大事にしますと丁寧にしまってはくれたが役には立たねえだろうなあ。
う〜ん、すまねえこってす

Fizer assencia Brio20061203() 923

新兵器なのだ。私の病気diabetesは普段の指数がとても大事で

病院で行う様な測定や投薬を常日頃自分で行う必要があり

病気の程度によって特殊な注射器を携帯したり

自分専用の測定器を所持したりするのである。

 

私の場合、日常の注射による投薬までは至らなかったが

「日々指数の測定はきちんとやって頂きたい」

従って「検査の測定器は持っていて頂きたい」と

「色んな種類があるので自分に合った物を選んで頂きたい」と

担当医の指示のもと早速紹介された薬局へと赴いたのである。
折角新しく求める物だし自分の体の為の物なのだから良いものを買おうと

出来れば最近私が入院している病院でも導入したばかりの

最新式の物を買おうと思っていたのだが

いざ目の前に数点の測定器を並べられると

根が機械好きなだけに色々と目移りして

どれも面白そうに思えてくるのである。

いきおい店の人は私の質問責めにあうはずだったのだが

目の前に並んでいる一つに目が止まり、他とは違うそいつの様子に質問を変えた。
「ここにSAMPLEって貼ってあるけど現物は今無いの?
「はい、この二日ほど急に求められる方が何人かいらっしゃいまして・・・」
知っている、この週末に退院していった何人かである。
「すぐに入荷する?」
「数日はかかるかと・・・」
ん〜困った、無いとなれば欲しくなるのが人の性

ましてや他人が持っているとなれば尚更欲しい。
商品は二つに絞られた、最新式の高級品か

無いものねだりのサンプルの入荷を待つか

しかし退院は間近に迫っている

別に一や日二日くらい数値の測定をしなくても死にはしないだろうが

退院後の療養生活をバッチリと楽しくスタートしたい私にとって(ナニを言ってるんだ?)

片手落ちは困る、どちらかを選ぶまでもなく在庫のある最新式を買う他はないのである。

ではあるのではあるがとほぼ諦めの心境で軽く

ほんの軽く抵抗を試み聞いて見た「このサンプルは売れない?」
「いえパッケージも開けてしまっていますし、お客様の説明にも使用しておりますので・・・」
そうだろうなあ売れる筈はないよなあ
「申し訳ないのですが15%引きでよろしければ・・・」
そうだろ・・・えっ?、えっ?

最新式の格好良さも新しい機械への楽しみも

一瞬にして彼方へと追いやってしまう魔法の言葉。
サービス、割引、値下げ、格安、魅惑の言葉の前に

少しみすぼらしく見えていたSAMPLEと貼られたケースが輝きだした。

世界で信頼のあるメーカーじゃないか、実績のある測定器じゃないか

購入層も広いに違いない、うんこれで良い、うんうんこれが良い、良いぢゃあないか。

値段ではない、冷静に考えればこっちの方が

断然良いに違いないと求めて病院へと戻る軽い足取り、ふんふんふん。
帰りに立ち寄ったナースステーションで開口一番「安かったあ」と
言ってしまった。       よいよい

御心配お掛け致しました20061206() 007

皆様にご心配をお掛け致しました病院生活も

四日の午後をもちまして無事退院と相成りました。

まあ初めての入院と言う事で色々と興味ある体験もさせて貰い

自分なりに非日常の暮らしを有意義には過ごせたのではありますが

一応人並みに辛さや心配事なんぞもありまして

それと自分との摺り合わせや自分の中へ取り込む事など

そして担当医・看護婦・看護師・婦長・検査技師・ヘルパー・栄養士・医療事務職員・警備員とは

吾身を患者と言う立場に置く事で見る事の出来た側面があり

また患者同士でも病状と生活との絡み

症状や病気へのいきさつなどを会話する内に理解できる内面

そんな事を精神的に消化をするのにはもう少し時間も掛かるのだろうと思います。

この短いとも長いとも言える入院生活で見聞きし感じた事を

語ろうと思えばおそらく際限なく語り続ける事は出来るのでしょうが

空になったさっきまでの自分の生活空間を振り返って

しばらくはブログに書いた日々の事意外は自分の中に

きちんと納まるまで寝かせておかなければいけないのだと理解しました。

会計で清算を済ませ、フラリと外に出て毎日の散歩の様に歩く

足を進める一歩ごとに、家へ近づく自分を感じます。

リビングの自分の椅子に座り、病院から持ち帰った荷物と

気持ちと病気をそこいらにほったらかしてしばらくの時間を過ごしてから

自分の小さなお祝いをしたのでありました。

 

夕餉とんとん20061207() 1419

久し振りに過ごす自宅はやはり居心地の良いもので

退院後の体調を整えるための休みの間の夕食からは自分で作れる。
いやあ実に良いものである、自分の好きなものを作れるのは。

冷蔵庫の中を確認してからいそいそと買物に出かけ

久し振りの台所に立つ。

包丁を研ぎなおし自分で使う調味料を整えて食材をだす。

嗚呼美味い、自分の好みの味付けが一番ヨロシイ

本来ならここで軽く一献といきたいのだが

これはしばらくお預けにしておく(エライなあ)

なかなかに満足をして明日のメニューなんぞを考えつつ思うのである
「仕事に行きたくないなあ」今夜から仕事である。     やれやれ


糖尿病でお気楽に1

たぶん長いシリーズになる(かもしれない)のだが
お久しぶりに血糖値が、ドカーンと上がっちゃたんで
緊急0キロカロリー生活…わはわは

緊急入院・20キロ減量〜現在
そんなんで6年前のブログを引っ張り出して
http://yaplog.jp/gandama/
まずは、呼んで頂こうかなと
次回から退院その後

大概、人生塞翁が馬なつもりだったんだけどなあ
20061121() 111
まあ、一般的にはエライ事になったと言うべきなんだろう、緊急入院である。
誰がって?私である。驚いたかね、驚くだろうなあうんうん
細かい性格と大胆な性分、勢いと体力だけでゴリ押しに生きてきたように

勘違いされ易い私に鬼の霍乱なんざあ似合ってねえってか?

これでも幼少の砌には虚弱体質でアレルギー持ちだったんだぞ

ってナニを言ってるんだ私は

確かに具合は悪かったのだ、半月ほど前から何となく体調がすぐれなくて

それでも余りに過密なスケジュールの中で誤魔化し誤魔化しやってきたのだが

改善の兆しも見えず、一日だけ休んで検査をして貰ってその足でまた出張へ

昨日やっとの事で結果を聞きに行ってオッタマビックリ!顔馴染みの医者が言うには

「ウチでは扱い切れないから紹介状を書くのでそっちで治療してくれ」とのこと。
昼間の用事を済ませ、紹介された病院でムーミンパパ似の内科医の言うには

「かなりマズイ状態ですよぉ」と、それに答えて今後の仕事の事を話し出そうとしたら

切り返すようにムーミンパパ似の内科医(シツコイね)がこうのたまわったのである。
「仕事をどうこう言ってるレベルじゃないんですよ、いつ昏倒してもおかしくない状態なのですよ」と
ようやく私にも事態が飲み込みかけてきたのである

「仕事をどうこう言ってるレベルじゃなくて、いつ昏倒してもおかしくない状態なのだ」と
ムーミンパパ似の内科医(シツコイってば)に病気について二、三のレクチャーを受けて

仰向けになって手や足を金属棒でポコポコやられて後は院内をグルグルと

血を抜かれレントゲンを撮られ心電図を取られ、おしっこを紙コップに渡して入院の心得と準備の説明を受ける。
受ける?ん?嗚呼、あたしゃあ重症で緊急入院するのだなあと、もう一度状況を自分自身に確認しながらも何だか遠足に行く前の日のように不安とワクワクが妙に入り混じった感覚で入院の準備をしに一旦帰宅した次第であります。

と言う訳で次回からは入院顛末記にって入院していてどうやってブログを更新するんだあ?
まあ、何とかなるさあね             ホエホエ

すること20061122() 1031

朝は六時半に「良竿さあん、血液検査しますねぇ」と起こされた。

こっちが大変より夜勤明けのまま病人相手の勤務をする看護婦さんが可哀想なものだ。

腕に管を刺されて小さな筒に三本ほど採血。
その後、夕べ渡された便潜血検査用採便容器なるオモシロそうなモノをもってトイレへ。
わはわは、世の中には知らないものが結構あるものだと楽しく採取。

うん、皆様にも見せてあげよう、後学の為だ・・・・・・・わはわは

 

出張が入院並みに可哀想な事だと今更気付いたってか20061122()1024

いやあ困った、楽すぎる。

入院に違和感がなかったのも年がら年中出張に行っているからだろう。

実際用意と言っても、いつもの出張鞄から常備薬を抜いただけで

部屋が決まっていつもの出張先ホテルと同じ様にサイドボードに

必要なものを撒き散らしたら十分もしないで自分の空間の出来上がり。

違いと言えば部屋で煙草が吸えない(割に本数が減ってない気がするなあ)事くらい。

血を抜いたりなんてのは、お委せ状態でやってくれるし

ご飯も褒めるまではいかないがそんなに悪くなかった。

みんなから「仕事の事は忘れてのんびりして下さい」なんぞと言われるんだが

生憎仕事から離れてまで(覚えちゃあいるが)仕事の事を気にする神経は

持ち合わせちゃあいねえ。あんまりに気楽なんでお天頭様に申し訳ない。
ん〜世界平和でも祈っておくかぁ

20061122() 1018分)

病院のベッドで気がついたら隣のベッドにはあんたがいた
1970
年代に岡林信康が歌った歌詞を頭の中でリフレインさせながら

消灯した病室を抜けて屋上のベンチに腰かけ煙草に灯をつける。
中学生の頃、ひっそりと家を抜け出し陸橋の上から流れる

深夜のヘッドライトを眺めていた時のような決して嫌ではない浮遊感。
二本目の煙草に火を灯けた時、離れた屋上のドアを開けてまた一人やって来た。
彼か彼女かの人影が去る。もう少しだけ肌寒く甘い空気に寄り添い病室に戻ろう。

今夜は雨なんで出られないんだろうなあ20061123() 855

とまあ夜は九時に消灯される訳で、静かな夜なんてものは

普段はお金を払って何処かへでも行かなければ得られ無いのが都会の悲しさ。

それがこんなきっかけで突然手に入るなんてのは実にオモシロ可笑しいモノ。

静かな夜と言うのは人に何かモノ想わせるもので

人の気配が消えた頃を見計らって昨日見つけておいた屋上のベンチで

一人時間を過ごすのが日課になるかも知れないと思う訳であります。

画して今夜も屋上のベンチで思索に耽ろうとしつつ我が深き

空想の波に揺らめき漂う姿を記録に残すべくカメラをセット

したまでは良かったのだけれど、数枚撮ったところでちょいと寒さが身に染みて

早々に退散してきたところが実に私らしくて……もう

 

脱出なるかっ!           20061123() 849

入院二日目を迎えて検査なんぞも色々とされて

何と言うかいよいよ病人なんだなあと実感する訳でありますが

まあ私なんぞのチョコザイなレベルの症状では「元気で良いねえ」などと

中学生のカツアゲ並に無茶な事を言われて意味もなく

申し訳御座いませんな立場になるのが内科病棟と言うものの様で

彼等の中には如何に医者、看護師、警備員を上手く誤魔化し

敷地内から脱出するか、はたまた禁止された食べ物を

内緒で食べてもイケナイ数値が上がらないかを競い合うのを

日課としている人も居るので御座います。

そんな中、私がちょいと家に取りに帰らなければいけないものがあって

普通に看護婦さんに声を掛け、警備員にも断って用事を済ませて戻って来たところ

件の誤魔化し氏が私を捕まえてレクチャーを始めるのでありました。

「こうすれば看護婦に見つからずに」「ああやれば警備員に止められずに

云々とおっしゃるのですが、私は普通にやれば何の問題もなく出来る事を

わざわざややこしくする事も無かろうと思いつつも聴いている内に

何だか小学校時代に秘密基地の合言葉や地図を本気で語っていたのを

彷彿とさせるニュアンスに楽しくなり、自分のベッドに戻って早速院内を

歩いたりちょっとした買い物をする時に持つポーチに自宅の

鍵やら小銭入れやらも入れて【脱走セット】と名付けたのである。

出来上がれば勿論試さなければ意味が無い。

早速ポーチを小脇に携え、わざと看護婦さんの目の前を通り

「ちょっと下に行ってきますねぇ」と言いつつ警備員の横も何気なく通り喫煙所に到着したのである。
ふは、ふはは このポーチが脱走セットとはよもや気付くまい、私の勝ちだぁ
と実に満足したのは言うまでもない。

当然普通に手続きしたり声を掛けて出かけた方が楽なんでそうしてるけどね

 

損得とは言わないけど楽しまなくては損な訳で20061124() 1028

話は前後するが入院前日、折角の入院に何も用意しないのは

遠足の前におやつを買いに行かない様なもので矢張り寂しい。

と言う訳で入院記念に(何のだ!?)箸と箸箱、ベッドサイドに置くカップを求めた。

箸は大体の見当を付けていたのだが、いざ選ぶとなると中々決まらない。

以前自分で漆の箸を作った際に随分苦労した事もあり

最近求めた小浜塗りの箸も気に入っていて知らない内にこだわりが出来ていたようだ。

しかし買い物好きの私としては一旦買おうと思ったものを

買わずに置くのは些か業腹でもあり、覗いた店を隈無く探す。

 

そうしている内に無垢竹の箸箱も見つかり

大振りの私の趣味に合う焼物の碗(グラス)にも出会った。

と、探せば見つかるもので箸を並べてあるコーナーから離れた

碗の陳列棚の更に奥に並べてあったのがこれである。

四天王寺の祭などで出ている白南天や鉄木のまじない箸 にもある様な

昔からある形で余計な装飾もないし腰もしっかりとしている。
いやあ満足な買い物である、しかも値段を聞いてみんなも驚きなさい、千円でお釣りである。
新しい玩具(日用品)を手に入れた子供(あくまでも46歳の中年には違いないが)

は食事の度ごとに少しニンマリしてしまうのだ。

検査たっぷり20061125() 929

まあ当然なのである。病気で入院したのだからしっかりと検査される訳で

自分の体の中を赤の他人が色々と覗き回ってくれるのは

何か不思議面白恥かし嬉しい感じで、それでも自分の知らない自分の事を

見つけて貰うのは中々に楽しい状況だなあなどと忙しい担当の

お医者さんを捕まえては勝手な質問をしたりしつつ

ついでに写真なんかも撮らせて貰ったりしてしまうのであります。(長げえ文章だなあ)

他の患者さん達がおっしゃる「検査検査で嫌になる」とか「ご飯が満足できない」

なんぞの意見もまあよくある話なんで多少は覚悟もしていたのではあるけれど
どうも私には当てはまらないらしい。

もしかしたら私には悲観するとか我が身を案じると言う感覚が少し足りないのかも知れない。
あ〜そこの君、賛同するんぢゃないぞ

 

猿の手と言う話を御存じだろうか?20061126() 949

或る日、ふとしたきっかけで手にした古い干した猿の手のアクセサリー。

呪いの掛けられたそれは三つの願いを叶えてくれると言う。
一つ目の願いはすぐに叶えられたが、それは身内に起こった不幸の結果でもあった。
二つ目の願いも叶えられはしたが、やはり同じ事。
猿の手の呪いは、それを手にした者が願う以上の不幸を糧に

願いを叶えていたのだ。主人公は猿の手に向かって三つ目の願いを……

余り忙しさに「入院してでも良いから休ませてくれぇ」と

「今年は人間ドックで全身隈無く診て貰うんだぁ」と
「いくら何でも太り過ぎだあ、体重絞るぞー」と
確かに私は先日まで叶わぬ(出来ない)望みと知りつつ吠えたててはいた。
しかし或る日、突然、唐突に思いも因らない方向から三つの願いは叶えられ

そして私の体は○○病、○○症、○○○の三つの名前が付いた。
まあ身内にも他人様にも不幸の迷惑を掛けなくて良かったと思いつつ。
余りの偶然の重なりに「何処かで猿の手にでも出会ったかな?」とも思うのだが
三つの願い事を終えると何処とも無く消え去ると言う猿の手って、せめて見せてくれよぉ

 

ぷらんぷらん20061128() 919

有体に言えば毎日病院を抜け出しているのである。

私の場合は健康を維持すれば良い病気なので

(不思議と思われるかもしれないが実際そうなのである)

日がな一日ベッドで横になっていては益々病状が悪化してしまうのである。

いきおい用事の無い時は、ベッドから出てブラブラと歩き回り

散策のネタが尽きれば自分の巣(ベッド)へ帰る。

ベッドでメモを取ったり本を読んだりのネタが尽きれば

またそこいらをフラリフラリと漂うと言う具合で

検査や医師の診断がなければ動物園の熊とさして変わりはしないのである。

 

本来ならば外出許可を取らないと院外に出てはイケナイのだが

散歩が出来るくらいの患者が二軒隣のコンビニへ行くとか

三軒隣のドラッグストアに行くのまでは流石に病院も制止出来ないので

そこはまあ医師と看護婦と警備員と患者のコミュニケーションの上で

暗黙の了解が成立するのである。

 

このコミュニケーションによる暗黙の了解と言うのが重要で

私の場合入院患者として外出と言う禁を犯してはいるけれども

患者としては実に見上げた優等生で医師や看護婦の言う治療法はきちんと実行し

自分の病気についても良く勉強して検査や病状の報告も積極的にこなすのは勿論

時間にも正確で入院患者特有の不平不満も一切言わない。

病院としても人手不足の昨今、無断外泊をしたり

病状に悪い物を隠れて食べたりする患者の対応にただでさえ大変なのに

院内では食事が不味いだの注射が痛いだのと言う文句に

笑顔で応えなければならず、私の様な患者は手が掛らないぶん

多少自由な事をしても咎められる事はないのである。

嘘ではない、今では出掛ける前にナースステーションに

ちょっと顔を出せば向こうから「どこかお出かけですかぁ」と聞いてくれるのだ。

行き先と言ってもあくまで片道八分の家までの事。

用事を済まし、ブログを更新し、風呂に入って少しくつろぐ。

何より良いのは行き帰り、なんとなくホエホエしながらぷらんぷらん歩く。
ぷらんぷらん